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ブレーズ・パスカル@B_Pascal_jp

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ブレーズ・パスカル(1623~1662)『パンセ』の言葉を呟くボットです。アフォリズム番号はブランシュヴィック版によります。※現在鋭意登録中。

クレルモン 

一目で解るという点で

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2017年05月18日(木)

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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

均整。一目で解るという点で。
――
それと違うふうにする理由がないというところに基づいている。
そして同様に人間の形にも基づいている。
そこから、人は均整を左右にだけ求めて、高さや奥行には求めないということが起こるのである。§28

16:11:18
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

イエスは少なくともその三人の最愛の友に多少の慰めを求められる。だが彼らは眠っている。彼らが彼と共に暫く堪え忍ぶ事を求められる。だが彼らはさして同情が無い故、一週間も眠りに打ち克つ事ができず、彼を全く等閑にしてかえりみない。こうしてイエスは唯独り神の怒りの前に取り残される。§553

15:41:10
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イエスは世の終わりまで苦悶されるであろう。その間、我々は眠ってはならない。§553

14:41:10
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想像力が、自分を落としている人たちの心を、理性の場合とはすっかり違う、充実した完全な満足でいっぱいにするのを見ることほどに、我々を癪に障らせることはない。分別のある人たちなら、そんないい気になれるはずがないのに、想像による才人たちは、それとは全く違って得々としている。§82

13:41:13
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モンテーニュの混乱について。彼は、直線的方法の欠陥をよく弁えていたので、話題から話題へと飛んでは、それを避けていた。彼は垢抜けした様子を求めていたのだ。§62

13:11:20
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人は精神が豊かになればなるほど、独特な人間がいっそう多くいることに気がつく。普通の人たちは、人々の間に違いのあることに気づかない。§7

12:41:10
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人間は欲求でいっぱいで、それを皆満たしてくれる人たちしか好きではない。[…]必要なのは、私のあらゆる欲求に全般的に応じることのできるオネットムなのだ。§36

12:11:18
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人生のある場合におけるモンテーニュの、少し手放しで、享楽的な気持ちは許すことができる。だが彼の死に対する全く異教的な気持は許すことができぬ。少なくとも死ぬことだけはキリスト教的にしようと願わないのならば、敬虔の心をすっかり断念しなければならないからだ。§63

11:41:11
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同じ言葉が異なった配置によって別の思想を形作るのと同様に、同じ思想でも配置が異なれば、別の論旨を形作るのではなかっただろうか。§22

11:11:19
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考えが人間の偉大さを作る。§346

10:41:10
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理性だけに従おうとする者は、普通の人たちの判断からすれば、証明済みの馬鹿者となろう。§82

10:11:17
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時計を持っていない一人は言う、「二時間経った」と。また同じく時計を持っていない他の一人は言う、「四十五分しか経たない」と。私は自分の時計を見て、一人に言う。「君は退屈してるね」と。そして他の一人に言う、「君には時間の経つのが早いね」と。なぜなら、実は一時間半経っている故だ。§5

09:41:10
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イエスが嘆かれたのは、このとき一度しかなかったと思う。だがこのときには、極度の苦しみにもはや堪えられないかのように嘆かれた。「私は悲しみのあまり死ぬほどである」(『マルコによる福音書』14章34節)§553

09:11:21
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人は自分自身を知らなければならない。それがたとえ真理を見出すのに役立たないとしても、少なくとも自分の生活を律するには役立つ。そして、これ以上正当なことはない。§66

08:41:10
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力。
なぜ人は多数に従うのか。彼らが一層多くの道理を持っているからなのか。否、一層多くの力を持っているからだ。なぜ人は古い法律や古い意見に従うのか。それらが最も健全であるからか。否、それらがそれぞれひとつしか無く、多様性の根を我々から取り除いてくれるからだ。§301

08:11:23
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繊細でしかない繊細な人々は、彼らが、世間で一度も見たことがなく、また全く使用されていないような思弁的、観念的な事柄の第一原理にまで遡っていくだけの忍耐力を持てない。§1

07:41:09
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〈君は人としてよりも詩人として語った〉自然のままであらゆることについて語りうる、神学についてさえも語れるのだ、ということを自然に教えてやる人たちは、自然というものを大いに高めてやっているのである。§29

07:11:16
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数の上で最も多い人たちは、ただついていくことしか望まず、自分たちの発明によって名誉を求めている発明家たちに名誉を与えることを拒んでいる。もしも発明家たちがあくまで名誉を得ようとして、発明しない人たちを軽蔑すれば、他の人たちは彼らに嘲笑的な名を与え、棒で殴ることだろう。§302

06:41:09
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幾何学者は繊細な事物までも幾何学的に取り扱おうとする。そして、まず定義から、次いで原理から始めようとして、物笑いになる。それはこの種の推理の際の仕方ではない。といっても、精神が推理をしないというわけではない。ただ、精神は黙って、自然にたくまずにするのである。§1

06:11:14
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小事をも大事のように行うがよい。それらのことを我々の内で行い、我々の生涯を生きられるイエス・キリストの御稜威の故に。また大事をも、たやすい小事のように行うがよい。彼の全能の故に。§553

05:11:26
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

想像力は、大抵の場合に偽りだから、真にも偽にも同じ印を押して、自分の正体を少しも現さない。私は愚かな人たちについて話しているのではない。最も賢い人達について話している。こういう人達の間でこそ、想像力は人々を説得する大きな権限を持っている。§82

04:11:13
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良い会話や悪い会話は精神を作り上げたり損なったりする。故にそれを自分で作り上げ、損なわないようにするには、よく選びうることが何より大切だ。ところがこの選択は、精神を既に作り上げ、損なわなかったのでなければできない相談だ。こうして循環論法になる。そこから脱出できる人は幸いだ。§6

03:41:08
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哲学者たちには280の最高善。§74-2

03:11:14
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他のことを証明する為に人が取り上げる実例は、もしその実例を証明しようとする場合には、その他のことをそれの実例として取り上げることだろう。なぜなら、人は常に、困難は証明しようとすることの中にあると信じているので、実例のほうがもっと明瞭で、そのことを明示するのに役立つように見える故。

02:41:09
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

どんなに自然な原理でも、たとえ幼児からのものであっても、それが、教育または感覚による誤った印象だということにされないようなものは、一つもない。§82

02:11:14
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我々がキケロの中で非難するあらゆる偽りの美には、それに感心する人があり、しかも多数ある。§31

01:41:08
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「反乱の炬火を消去する」あまりけばけばしすぎる。
――
「その天才の不安」大胆な言葉が二つで多すぎる。§59

01:11:14
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二種類の精神が存在する。一つは、原理から結果へ、鋭く、深く徹するもので、これは正確の精神である。もう一つは、多数の原理を、混合すること無しに理解するもので、これは幾何学の精神である。一は精神の力と正しさであり、他は精神の広さである。§2

00:41:10
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我々に、病気という、今一つの誤謬の原理がある。それは、我々の判断と感覚とを損なう。そして重い病がそれを目立って変質させるならば、軽いものでも、その程度に応じた影響を与えるということを私は疑わない。§82

00:11:11

2017年05月17日(水)

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モンテーニュの著書は人を敬虔にさせるために書かれたものではない。だからこの義務は無かった。だが、人をそれからそらさないという義務は、どんな場合にもあるのだ。§63

23:41:10
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人間的学問と哲学との愚かさについての手紙。この手紙を「気晴らし」の前に。
〈……うる者は幸福である〉
〈何事にも驚かないことこそ幸福である〉
モンテーニュの中の280種の最高善(※正確には288種)。§74

23:11:22
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(自己認識について論じた)シャロンの(『知恵』第一巻の六十ニ章もの)区分について。これは我々を鬱陶しくさせ、退屈させる。§62

22:41:09
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イエスは唯独り地上におられる。地上には彼の苦痛を感じ、それを分け合う者がないだけでなく、それを知る者もない。それを知っているのは、天と彼とのみである。§553

22:11:16
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詩的な美。詩的な美というように、幾何学的な美とか薬学的な美といってもいいはずだ。だが人はそうは言わない。その理由は、幾何学の目的とは何かということ、そしてそれが証明にあるということ、また薬学の目的とは何かということ、そしてそれが治ることにあるというのをよく知っているからだ。§33

20:41:09
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無益で不確実なデカルト。§78

20:11:22
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

イエスは、父の御旨が確かめられないままに、祈りかつ死を恐れられる。だが、それが解ると、進み出て死に身を差し出される。〈立て、さあ行こう。進み出て〉(『マタイによる福音書』26章46節、『ヨハネによる福音書』18章4節)§553

19:41:10
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

人間は、全自然をその高く満ち満ちた威容のうちに仰視し、その視線を自分を取り巻く低いものから遠ざけるがよい。そして宇宙を照らすための永遠の燈火のように置かれているあの輝かしい光に目を注ぎ、その天体の描く広大な軌道に比べては、tl.gd/duf3bp

19:11:17
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

人間が[理性と想像力]を同盟させたのは、たとえこの和平では想像力のほうがはるかに得をしているにせよ、当を得たことである。なぜなら、戦いとなれば、想像はもっと完璧に得をするからだ。理性が想像に全面的に勝つなどということは決して無く、その反対こそ普通なのである。§82

18:41:09
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

我々は、長衣を纏い、法帽をかぶった弁護士を一目見ただけで、彼の能力について有利な見解を抱かずにはいられなくなる。§82

18:11:17
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雄弁は、思想の絵である。だから、描き終わった後で、なお加筆する人は、肖像画の代わりに、装飾画を作ることになる。§26

17:41:09
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

自分の著作について話す時、「私の本、私の注解、私の物語、等々」と言う著者たちは、一戸を構え、いつも「拙宅では」を口にする町人臭がぷんぷんとしている。むしろ「我々の本、我々の注解、我々の物語、等々」という方がよかろう。彼ら自身のものよりも他人のものの方が余計入っている故に。§43

17:11:19
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

もし雷が低い所に落ちること等々があった場合には、詩人たちや、この種の事柄に基づいて推理できない人たちは、論拠を失ってしまうだろう。§39

16:41:08
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

言語。疲れを取るため以外は、精神を他に転じさせてはいけない。それも適当な時に限るのだ。必要な時にだけ疲れをとらせるべきで、そうでない時はいけない。なぜなら、不適当な時に疲れをとらせようとすると、却って疲れさせる。また、不適当な時に疲れさせると、疲れをとらすことになる。§24

16:11:17
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

君は作法を知らないね。「どうぞお許し下さい」こんな言い訳さえしなければ、失礼なことがあったとは、気が付かなかっただろうに。
「恐れ入りますが」この場合、悪いのは彼らの言い訳だけなのである。§58

15:41:09
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第一部。神なき人間の惨めさ。
第二部。神と共にある人間の至福。
――
換言すれば、
第一部。自然(自然性・天性)が腐敗していること。自然そのものによって。
第二部。修理者が存在すること。聖書によって。§60

15:11:16
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

幾何学には多数の原理が含まれており、ある種の精神は、僅かな原理には根底までよく徹することができても、たくさんの原理が存在する事物にはからきし撤しえない。§2

14:41:08
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

人を有益に嗜め、その人に間違っていることを示すには、彼がその物事をどの方面から眺めているかに注意せよ。なぜなら、それは通常、その方面からは真なのであるから。そしてそれが真であることを彼に認める代わりに、それがそこからは誤っている他の方面を見せてやるのだ。彼はそれで満足する。§9

14:11:18
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

イエスは園におられる。それは、最初の人間アダムが自分と全人類とを堕落させた快楽の園ではない。彼が自分と全人類とを救われた苦悶の園である。§553

13:41:08
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

モンテーニュの混乱について。彼は、直線的方法の欠陥をよく弁えていたので、話題から話題へと飛んでは、それを避けていた。彼は垢抜けした様子を求めていたのだ。§62

12:41:09
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ブレーズ・パスカル @B_Pascal_jp

自然に仮面をかぶせ、仮装させる。もはや、王も、教皇も、司教もなくなってしまい、「畏き帝」などとなってしまう。パリもなくなり、「王国の首都」となる。
――
パリをパリと呼ばなければならない場合だってあるし、それを王国の首都と呼ばなければならない場合だってあるのだ。§49

12:11:16
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