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文学たん@bungakutan

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文学たんと申します。なるべく簡単な言葉で呟くよう頑張ります。文学史からその他色々なことについて呟きたいと思っています。みなさんが文学に触れる入口になれればと思っています。始めたばかりなので間違えている部分も多いと思います。その時はご指摘ください。文学たんについては、HPの方をご一読いただければ幸いです。

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仮名垣魯文は戯作文学おいて重要な作家ですね

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2017年03月04日(土)

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文学たん @bungakutan

仮名垣魯文は戯作文学おいて重要な作家ですね。彼は新聞社の社員となり、その後「仮名読新聞」を自ら創刊しました。彼の弟子は多く、自らの雅号にちなんで歌垣和文や蟹垣左文等の名を弟子に与えましたが時代の流れにより、弟子達は作家として残ることはありませんでした。

17:08:03
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文学たん @bungakutan

翻訳者兼発行者は川島忠之助という人物です。彼は『八十日間世界一周』を一言一句正確に。また欧米の文章の構造へ近づけるために漢文訓読体に翻訳しました。原典に忠実であるということは翻訳文学においても画期的なことであったようですね。

16:38:13
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文学たん @bungakutan

SFの父と呼ばれた作家を知っていますか?『海底二万マイル』や『月世界旅行』の作者であるジュール・ヴェルヌのことですよ♪ 実は彼の作品である『八十日間世界一周」は日本においてフランス原典から初めて翻訳されたフランス文学作品でした。

16:08:03
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文学たん @bungakutan

直木賞は正式名称を「直木三十五賞」といいます。1934年に43歳の若さで死去した直木三十五を称えて創設された賞ですね。『文藝春秋』1935年1月号において芥川賞と共に制定が宣言されました。大衆文芸の作家に向けて送られる賞ですよ♪

15:37:57
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文学たん @bungakutan

日夏耿之介を御存知ですか?彼は詩人や英文学者として知られ、多くの国の文学を紹介・翻訳し「楚囚文學考」ではゴシック小説を日本でいち早く紹介しました。詩集では「黒衣聖母」や「黄眠帖」があります。神秘的で言葉の選び方が独特な彼の作品をぜひ読んでみてくださいね。

15:08:05
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文学たん @bungakutan

幸田露伴は「五重塔」や「運命」で有名ですね。彼は少年時代から漢学の塾に通い、儒学と仏教の書物をよく読みました。その後、彼は北海道で電信技師をすることとなるのですが、その地で坪内逍遥の「小説神髄」を読み、衝撃を受けます。そして、和漢の深い学識を生かし、作品を書くこととなるわけです。

14:38:07
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文学たん @bungakutan

薄田泣菫は島崎藤村・土井晩翠の後に続く時代を築いた詩人ですね。中学校を中退していますが上京後は漢学塾に通いながら様々な本を読破しました。その経験を活かした詩は古い漢字や大和言葉の効果を用いた作風となっています。詩集『白羊宮』を刊行した後は、詩作から離れ随筆家として名を馳せました。

14:07:59
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木曜会とは、夏目漱石の家で彼の門下生・作家たちが集まって、様々な事を議論したり親睦を深める為に開かれた会の事ですね。鈴木三重吉や芥川龍之介、寺田寅彦などが参加しました。木曜会の由来は、鈴木三重吉が木曜日を漱石との面会日と定めたためだと言われています。

13:38:04
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日本の自然主義文学は、島崎藤村の「破戒」や田山花袋の「蒲団」が有名ですね。これらは、主人公の内面的苦悩に焦点を当て、作家の醜態や苦悩をありのままに描くというもので、ゾラの提唱した自然主義文学とはかけ離れたものでした。

13:08:10
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【明治後期】「蒲団」は、作家の醜聞としてとらえられましたが、当時の若い作家たちには衝撃を与えました。そして、「反道徳であるにしても、自己の体験を素直に告白した作品の感動は、フィクションが与える感動に勝るものである」と結論付けられることとなります。

12:38:11
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【明治後期】「蒲団」は田山花袋自身の経験をもとにした作品です。田山は、その体験をどのように書き出すか悩みましたが、昔からヨーロッパのリアリズム手法の小説を多く読んでいたことが、彼の助けとなりました。彼は、青年時代に読み感動したルソーの「告白」に近い手法で書き出すことにします。

12:08:00
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【明治後期】尾崎紅葉が亡くなった翌年。田山は博文館の編集者として日露戦争に従軍することとなります。その後二・三年の間に、田山の友である島崎藤村・国木田独歩が「破戒」や「独歩集」で有名になり、田山は焦燥感に駆られることとなります。その後、書き出すこととなるのが「蒲団」です。

11:38:00
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【明治後期】編集員をしながらも田山は、ゾライズムの先駆けと言われている小杉天外の「はやり唄」に続いて、「重右衛門の最後」という作品を書き、作家としての力量を認められることとなりました。その翌年、尾崎紅葉が亡くなり、文壇に大きな変化が起きます。

11:08:03
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【明治中・後期】田山は、島崎藤村が『若菜集』を刊行した明治三十年に国木田独歩・柳田國男らと共に『抒情詩』という詩華集を刊行し、『若菜集』と共に、この時代のロマンチシズムを代表する詩集となります。その後、出版社の編集員となり、この仕事が彼の地位を安定させるものとなりました。

10:38:16
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【明治中期】この後、田山は上京し、当時、文壇の中心であった硯友社の尾崎紅葉を尋ねます。ですが、尾崎は批評眼のみ高く技術のない田山を近づけなかったと言われています。その為、当時尾崎と同じ硯友社に属していた江見水蔭に指導を受けることとなりました。

10:08:04
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【明治初期】田山花袋は、自然主義文学で有名ですね。彼の本名は田山録弥と言い、幼いころは本屋の小僧をしたり、兄の力を借り独学しながら文学を志していました。その頃に田山は、英語を身につけてフローベールやゾラ等、多くのヨーロッパ文学に触れ、この事が彼の後の作品に影響を与えます。

09:38:02
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文学たん @bungakutan

小杉天外は、「魔風恋風」で有名ですね。斎藤緑雨に師事しますが、斎藤は文壇から孤立した存在であった為、小杉も原稿を売るのに苦労しました。彼が書いた「はつ姿」「はやり唄」は、ゾライズムの先駆けと言われています。また彼の書いた「魔風恋風」は「金色夜叉」を凌ぐ人気を得たとも言われました。

09:08:02
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文学たん @bungakutan

【明治後期】「若菜集」で詩壇に影響を与えた島崎藤村でしたが、この時代の詩は、詩人の生活を支えるものではありませんでした。明治三十年から三、四年の間に「夏草」「一葉船」「落梅集」を出した島崎は詩作をやめ、散文作家になろうと決心することになります。

08:38:10
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正岡子規は、日本の俳人として有名ですよね。彼は東京大学を中退後、新聞「日本」の記者となり、近代的写実精神により、俳句を一新することに努めました。また、高浜虚子が中心となり創刊した「ホトトギス」は子規の立場を確かなものとします。ちなみに「子規」は「ホトトギス」という意味なんですよ♪

08:08:03
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【明治後期】そして、島崎藤村と土井晩翠は、当時の詩壇を人気を二分し、「藤晩時代」を築くことになるのです。

07:37:59
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【明治中・後期】「若菜集」が出版される少し前、土井晩翠は帝国大学の学生であり、「帝国文学」に詩を発表していました。彼の詩は、男性的な漢詩調詩風の詩であり、「若菜集」の二年後に出版された「天地有情」は、一流の評論雑誌であった「太陽」の主筆である高山樗牛に絶賛されることとなります。

07:08:17
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【明治後期】感傷的な青年たちに絶大な支持を得ることとなった詩集の「若菜集」ですが、行動的な青年たちに評価された詩集は土井晩翠の「天地有情」という詩集でした。土井晩翠は「荒城の月」の作詞者として有名ですし、詩人で始めて文化勲章を受けた人でもあります。

06:38:04
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【明治中期】日清戦争終戦の翌年に島崎藤村は、新詩体、ヨーロッパの詩の影響を受けて、「文學界」に叙情詩の連載を始めます。その翌年、島崎は「若菜集」という詩集を発表することとなり、この時代を代表する詩集となるわけです。

06:07:45
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【明治中期】「文學界」の中心であった島崎藤村は、女学校の先生であり、生徒である佐藤輔子を愛すのですが、彼女には許嫁がいたため、愛を受け入れることができず、先生という職を辞職、キリスト教を棄教し島崎は関西から四国まで放浪の旅に出ることとなります。

05:08:00
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文学たん @bungakutan

【明治中期】「たけくらべ」が連載された雑誌は、「文學界」という雑誌でした。この雑誌は、島崎藤村・戸川秋骨らを中心とした雑誌であり、当時最盛期であった硯友社に批判の目を向けるものでもありました。評論家として有名な北村透谷が「厭世詩家と女性」という評論を発表した雑誌でもあります。

04:38:10
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【明治中期】5千円札の肖像にもなっている樋口一葉は、みなさんご存知だと思います。彼女は、「朝日新聞」の半井桃水という作家の弟子となり、彼に恋焦がれるのですが、すれ違いによって結ばれませんでした。その悩みと経験が彼女に「たけくらべ」を書かせる一因となります。

03:37:54
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文学たん @bungakutan

「万葉集」は日本最大の抒情詩集であり、現存する最古の歌集とも言われています。その内容が三つに分けられることを知っているでしょうか?一つは賀・旅・宴・伝説に関わる「雑歌」。一つは人間の感情に関わる「相聞」。最後の一つは死者に寄せる「挽歌」です。ちなみに「恋」の歌は「相聞」ですよ♪

03:07:43
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文学たん @bungakutan

【明治中期】淡島寒月に井原西鶴を紹介された幸田露伴は、前作「露団々」で得た原稿料を使い、関西へ旅行をします。そして、旅行の経験をいかし、日光で自らの理想主義を反映させた「風流仏」を書き上げ、尾崎紅葉と共に文壇の先頭となり、この後、約15年間は「紅露時代」が到来することとなります。

02:38:04
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文学たん @bungakutan

【明治中期】この頃、北海道の電信技師であった幸田露伴は、東京へ戻り山田美妙が編集長をしていた「都の花」に「露団々」を連載しはじめた新進作家でした。彼も淡島寒月に井原西鶴を紹介された作家でした。この後、彼は「風流仏」を発表し、尾崎紅葉とともに文壇の先頭に立つ作家となります。

02:07:44
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【明治中期】吉岡に依頼された尾崎紅葉ですが、人気作家である山田美妙の口語体に対抗する文体にしようと考えました。その時、淡島寒月という人が、尾崎に井原西鶴の作品を紹介しました。俳句から変化した文体に驚いた尾崎は、その文体を取り入れて「二人比丘尼色懺悔」を書く事となります。

01:37:57
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【明治中期】山田美妙が有名になったあとも、「我楽多文庫」の尾崎紅葉は有名ではありませんでした。その時、帝国大学の卒業生の吉田という人が、山田美妙に対抗する作家として、硯友社に目をつけました。この後、尾崎は「新著百種」という企画の一冊として、「二人比丘尼色懺悔」を書く事となります。

01:07:58
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文学たん @bungakutan

幸田露伴と同じく、坪内逍遥の「小説神髄」に影響を受けた作家がいます。東京大学の向かいの学校にあるロシア語学科の生徒の長谷川辰之助です。長谷川は優秀な生徒でゴーゴリ等の勉強をするうちにロシア文学の思想を理解し、自らの作品に反映させます。長谷川辰之助とは後の二葉亭四迷のことですよ♪

00:38:08
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文学作品の伝来には政治色を帯びることもあります。例えば、「レ・ミゼラブル」で有名であり、政治家としても名を馳せたヴィクトル・ユーゴーの作品は、板垣退助がフランスに渡った際「国民の政治思想を育てるためなら、自分の作品を翻訳して新聞に乗せても良い」と言った所から日本に伝わりました。

00:07:44

2017年03月03日(金)

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斎藤緑雨は、仮名垣魯文に師事し、著名な作家となった数少ない弟子です。「油地獄」と「かくれんぼ」という心理的な短編集を残しました。辛辣な批評文が、特徴でもある彼は他の作家からは恐れられましたが、民衆からは楽しまれたと言われています。警句の名人とも評されていますよ。

23:38:07
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文学たん @bungakutan

太平洋戦争の戦時下には、多くの言論と表現が規制されました。新興俳句弾圧事件などがそうですね。対して「日本文学報国会」は、国策推進の為の文学者の団体です。国に迎合するものでないと発表すらできない時代でしたから、会には多くの作家が入っていたんですよ。

23:07:46
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「白樺派ですか?アララギ派ですか?」アララギ派とは短歌雑誌「アララギ」に集まり、正岡子規門下だった歌人たちによる「写生と万葉調尊重」を重視している一派のことです。伊藤左千夫や斎藤茂吉が該当します。白樺派は小説家と芸術家ですが、アララギ派は短歌であることは、覚えておいてくださいね。

22:38:15
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文学たん @bungakutan

文学について、日本の背景から考えると、一端は世界の流行的思想をもった一派、もう一端は日本土着的な思想を持った一派、その中間に高度に日本化された外来思想に影響を受けた一派というように考えることができます。

22:08:18
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文学たん @bungakutan

「けれどもほんたうのさいはひは一体何だらう。」これは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の一節です。銀河鉄道の夜は、第一次稿から第四次稿まであり、第三次稿から第四次稿で大幅な手入れ改編されています。どのような過程を経て「銀河鉄道の夜」が生まれたかなどを考えてみると面白いかもしれません。

21:37:59
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文学たん @bungakutan

新思潮派とは、芥川龍之介に代表される「現実を理知的に見て、現実に新たな解釈を加える」という一派です。小説技巧を重視したため、新技巧派とも呼ばれます。「新思潮」という雑誌に参加したメンバーが構成員となっていますね。自然主義とは時代が変わっている事も重要ですよ。

21:08:04
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文学たん @bungakutan

横光利一は新感覚派の中心人物であり確立者でしたが、川端康成は新感覚派の表現技法は、あくまで手段であり、そこで磨いた技巧が、その後の彼自身の小説の幻想的で感覚的な「美」の世界を描く作風を生み出すに至ったと考えられます。

20:38:13
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文学たん @bungakutan

新感覚派は、横光利一と川端康成に代表される「現実を主観的に把握し、感覚的に描写している」一派です。「文芸時代」が刊行された時のメンバーを主に指しています。特徴としては追究された表現技工でしょうか。ですが新表現と対称に心理の内面の掘り下げが不十分だったため、次第に衰えていきました。

20:07:57
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文学たん @bungakutan

新心理主義は、西洋の精神分析学を元にして「人間の心理の流れを分析的に表現しようとする」一派のことです。堀辰雄や伊藤整が、該当します。横光利一も新感覚派の衰退後は、こちらに移ってきました。特徴としては新感覚派は、描写の技巧に重きを置きますが、こちらは描写される心理に重きを置きます。

19:38:11
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文学たん @bungakutan

仏教・儒教・キリスト教・マルクス主義は、日本文学の流れを考える上で重要ですね。いつ伝わったかはもちろんですが、どのような形に日本で広まったかと考えることも重要です。前にあげた4つは、高度に「日本化」され、抽象的・超越的なものは排除され、実際的なものに還元されたと考えられます。

18:38:22
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文学たん @bungakutan

三島由紀夫は「金閣寺」や「潮騒」で有名ですね。耽美的な作風が特徴の作家です。本名は平岡 公威。川端康成との交友も深く、ノーベル賞への推薦文を書きました。愛国心の為、現在の防衛省がある市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をしました。その為、三島が亡くなった11月25日は憂国忌と命名されています。

18:07:58
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文学たん @bungakutan

「一千一秒物語」は稲垣足穂の掌編群ですね。とても不思議で幻想的な作品が詰まっています。透土社が出版したものは、装幀が素晴らしく、講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞しています。絶版になってしまいましたが、図書館を探せば見つかるかもしれませんので、ぜひ読んで見てください。

17:37:58
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文学たん @bungakutan

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」これは山月記の有名な一節ですね。これを書いた中島敦の家は儒家であり、幼少期からの深い漢学の知識が、彼の土台を作っています。格式高い文章を書いた中島ですが、卒業論文は「耽美派の研究」であり、それも彼の一面であるのかもしれません。

17:08:03
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文学たん @bungakutan

私は猫好きなのですが、同じく猫好きだったのが大佛次郎です。大佛次郎は「鞍馬天狗」等で有名ですが、パリ・コミューンを題材にしたノンフィクション「パリ燃ゆ」は、とても面白いのでオススメです。きっと勉強にもなります。あと猫好きな人は大佛次郎記念館に一度行ってみるといいと思いますよ♫

16:08:03
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文学たん @bungakutan

白樺派とは、「自我の尊重・理想の尊重・ 人道主義」を唱えた一派のことです。武者小路実篤と志賀直哉が、雑誌『白樺』の発刊を話し合った際に集まった、学習院出身者が主な構成員となっています。『白樺』は芸術雑誌の一面もあり、作家だけではなく芸術家も白樺派に含まれる所が他の派と違いますね。

15:38:00
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